ミルグラム実験から何を学べるのか——「服従の心理」
ミルグラム実験とは、1960年代初頭にアメリカの社会心理学者スタンリー・ミルグラムによって行われた、権威に従い他者に害を与える能力についての人間の服従性を探る一連の心理実験である。本書はミルグラムによるミルグラム実験の本である。
1933年から1945年にかけて、何百万人もの罪もない人々が、命令に従って系統的に虐殺されたことは、信頼できる形で証明されている。ガス室が作られ、絶滅収容所に見張りが立ち、毎日ノルマ通りの死体が、器具の製造と同じ効率性をもって生産されていた。こうした非人間的な政策は、発端こそ一人の人物の頭の中かもしれないが、それが大規模に実行されるには、ものすごく大量の人間が命令に従わなくてはならない。
権威に服従する人には何か特徴があるのだろうか。それとも、一定の条件下では誰でもこのような振る舞いをしてしまうのだろうか。この実験はそのような疑問を検証するために行われた。
実験の内容
ミルグラム実験は、実験者、教師、学習者の3つの役割からなる。この実験は表向きは「記憶に関する実験」と称した新聞広告で教師と学習者が応募された。くじ引きによって教師と学習者に振り分けられるのだが、実は学習者は実験者の共謀者で、被験者は必ず教師役になるように仕込まれている。実験は以下の手順からなる。
- 学習者は一連の単語ペアを学ぶタスクを受ける。
- 教師は、学習者が単語ペアを正しく覚えているかどうかをテストする。
- 学習者が間違った回答をするたびに、教師は実験者から電気ショックを与えるよう指示される。
- 間違える度に教師は実験者から強い電気ショックを与えるように指示される。
この実験室には15ボルトから450ボルトまで15ボルト刻みに電気ショックを与えるための30個のボタンが並んでいる。
最初の28個のボタンは、4つごとにまとめられていて、下記のようなラベルがつけられていた。
- 軽い電撃
- 中位の電撃
- 強い電撃
- 強烈な電撃
- 激烈な電撃
- 超激烈な電撃
- 危険:過激な電撃
最後の2つのボタンにいたっては「xxx」と書かれているだけである。
実際はボタンを押しても学習者にはショックは与えられていないが、教師がスイッチを押すたびに電撃の強さに応じて学習者は次のような演技を行った。
- 75ボルト: うめく
- 120ボルト: 声に出して抗議する
- 150ボルト: 実験をやめてくれという
- 285ボルト: 苦悶の絶叫
このような状況で、教師はどこまで実験者に従い電撃を加えるのだろうか。
実験の結果
驚くべきことに、多くの被験者は電気ショックを与えるよう指示されると——それが致命的なレベルを示唆するものであっても——それに従った。ミルグラムは、多くの人が権威の下で自分の倫理的判断を放棄し、他者に害を与える行動をとることができると結論づけた。
本書では、さらなる権威と服従の構造を調べるために次のような実験も行っている。
- 学習者と被験者の物理的な距離を縮めた場合
- 学習者が「もうやめてくれ、心臓が変だ!!」などとセリフを過激にした場合
- 実験者が途中で電話により退出することになり、その間被験者にマニュアルどおりに実行するように指示した場合
- 被験者が畏敬の念を抱かないように、実験者や実験場所がイェール大学に関連づかないように変更した場合
- 被験者が自由に電圧を選択可能とした場合
このことは何を意味するか
今日でもチベット自治区の弾圧、ロシアのウクライナ侵攻、中国や北朝鮮を代表とする独裁国家といった具合に、あらゆる権威と服従の様式が見て取れる。はたまた、連日世間を騒がせている耳を疑うようなビッグモーターの一連の不祥事も権威と服従の問題と言ってよいだろう。
この実験の結果によると、権威が服従させるのに有効な方法はいくつも推測できそうだ。服従度を上げるためには「記憶に関する実験」などという大義名分が大事だとか、スイッチによって原爆を落とさせる仕組みの方が、人間1人を石で撲殺するよう命じる仕組みよりも簡単に服従させやすいといった具合に。
逆に、一般人として服従状態に陥らないようにするにはどうしたらよいのだろう。歴史が証明するように、定期的に狂った権威というのは発生してしまう。残念なことに、せいぜい私達にできるのは、組み込まれる前に狂った権威から離れることぐらいなのかもしれない。