誰かを叱る可能性のある全ての人に捧ぐ——「〈叱る依存〉がとまらない」
Description

世の中には、「叱る」という行為に対して様々な立場がある。「叱ってはならない」と考える人もいる一方で、「叱らなければならない」と考える人もいる。本書は、脳科学の観点から叱ることについて考察した本である。
まず最初に、叱るとは辞書でどのように定義されているのだろうか。
(目下のものに対して)相手のよくない行動をとがめて、強い態度で責める。
『大辞林』 第四版、松村明・三省堂編集所 編、三省堂
(目下のものに対して)声をあらだてて欠点をとがめる。とがめ戒める。
『広辞苑』 第五版、新村出 編、岩波書店
-- P32
ここで、叱る側と叱られる側には暗黙的に上下関係が存在することに注意したい。
本書では叱るという行為を以下のように定義して議論を進める。
言葉を用いてネガティブな感情体験(恐怖、不安、苦痛、悲しみなど)を与えることで、相手の行動や認識の変化を引き起こし、思うようにコントロールしようとする行為。
-- P34
ネガティブな感情体験を用いて相手をコントロールしようとするというのがポイントだ。
脳科学によると、扁桃体を中心とするネガティブ感情の回路は、戦うか/逃げるかの反応(闘争・逃避反応)を反射的に引き起こすことが知られている。これは、野生の動物を想像すると分かるように、命の危険が及ぶようなときにゆっくり判断していると生存確率が下がってしまうからだ。
一方で、試行錯誤や創意工夫など学びや成長に関するメカニズムはドーパミンニューロンを核とする神経ネットワークを主体とした報酬系回路の働きによるもので、ネガティブ感情による逃避反応とは全く異なるのだ。
本書を読み進めると、以下のような世間的に一定数支持のありそうな主張はほとんど誤りであることが分かる。
- 苦しまないと人は変わらない
- 理不尽に耐えることによって強くなる
- 厳しくしないと弱くなる
- 甘やかしてはならない
- 何回言っても理解しないのでねちねち叱り続ける
ここで言及した叱る側と叱られる側の脳のメカニズムについての説明は本書のごく一部の内容だ。これらの他にも、叱ることに依存してしまっている人に対するアドバイスや、叱ることと罰することの類似点と厳罰主義が合理的でない理由についてなど、叱る行為に関する幅広い内容をカバーしている。
Conclusion
叱るとは権力があるものがネガティブな体験を用いて権力がないものをコントロールしようとする行為である。
叱られることによってネガティブな感情が引き起こされたとき、脳内では戦うか逃げるかの判断が反射的に行われる。一般に、叱られる側は叱る側よりも立場が弱いから、逃げる(苦痛からの回避=おとなしく従う)という選択が行われがち。このとき、叱られた側は条件反射によって行動しただけで、そこに学びはない。
叱った側は相手がおとなしく従ったことにより、相手が学習したと錯覚してしまう。さらに、「相手をコントルールできた!」という実感が脳の報酬系を活性化させるため、叱る行為には強い依存性がある。叱る行為に依存するようになると、「相手のためを思って」といった理由で叱る行為を正当化するようになるが、本当は自分の欲求を満たすために叱っているだけであり、指導という名の虐待に他ならない。
叱ることがやめられない人は、そのほかの依存症と同様に本人が自堕落だから依存症になっているわけではない。自分自身が叱られ続けてきたなど何らかの闇を抱えていることが多い。
叱ることの主な効果は危機介入と抑止である。命に危険が及ぶ場面など、叱られる側が反射的な行動をとるのが望ましい場面では叱る効果はある。しかしながら、すでに事が起こってしまった後に行動を改めさせる効果はない。しつけや教育とは異なり、社会において叱るという行為はめったに必要ないのだ。
相手を指導する機会があるすべての人におすすめしたい一冊。