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原子爆弾の父——「オッペンハイマー」

Description

本書は天才物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記だ。

25年間の緻密な取材に基づいた三部作で1000ページを超える大作で、早熟の天才と呼ばれていた幼少期から、マンハッタン計画でロスアラモスの所長として原爆の開発の指導者として活躍した青年期、そして、戦後の原子力委員会(AEC)の聴聞会まで丁寧につづられている。

上巻の最後。オッペンハイマーの知性が輝くエピソードが特に印象的だった。

1939年1月29日の日曜日、アーネスト・ローレンスの身近で働く有望な若い物理学者ルイ・アルバレスは、床屋の椅子で、《サンフランシスコ・クロニクル》を読んでいた。突然、ドイツの化学者オットー・ハーンとフリッツ・シュトラスマンの二人が、ウランの原子核は二個以上に分裂が可能であるとの証明に成功した、という海外ニュース欄に目がいった。彼らは、元素の中で一番重いもの一つであるウランに中性子をぶつけることで、分裂を成功させたという。この実験結果に仰天したアルバレスは、「頭を半刈りのまま床屋を飛び出し、放射線研究所へ知らせに走った。」オッペンハイマーにこのニュースを話すと、彼は「それは不可能だ」と応えた。オッペンハイマーはそれから黒板に向かって、分裂が起こりえないことを数学的に証明し始めた。だれかが間違いをしたに違いなかった。

しかし翌日、アルバレスは自分の研究室で、その実験の再現に成功した。「私はロバートを呼んだ。われわれのオシロスコープには天然のアルファ粒子の非常に小さなパルスと、25倍も大きい背が高く尖ったパルスが映っていた。15分もたたないうちに、オッペンハイマーは反応が本物であることに同意しただけでなく、余分な中性子が沸騰して蒸発する過程で、もっと多くのウラン原子を分裂させ、発電または爆弾製造に利用できると推測した。その頭の回転のスピードには驚いた。」

-- 上巻 P337

私は、このような天才達の非凡な逸話が大好きなのだが、本書にこのような内容を期待しているならおすすめしない。

本書の主題は、科学というよりは政治だ。ナチスよりも先に原爆を開発するように、アメリカに尽力したオッペンハイマーが、戦後、核拡散や水爆の開発に反対したために、政府と対立して干されてしまう。戦時中に共産党との関わりがあったために、冷戦下の反共主義もあいまって、事態はより深刻になってしまう。

Conclusion

はっきりいって面白い本ではなかった。

本書の大半は、オッペンハイマーが共産党員だったか、はたまた、シンパだったのか。といった内容の引用だ。冗談抜きで「AはBについてCと証言している。」みたいな文章が延々と続く。もちろん、第二次世界大戦からソ連との冷戦にかけての描写をする際に、これ抜きでオッペンハイマーを語ることはできないんだろうけど、いくら何でも多すぎない? 伝記ではなく聴聞会の資料なのかと疑ってしまうほどだ。本書は25年間の緻密な調査が裏目に出てしまった感が否めない。もう少し、オッペンハイマーの人間性だとか天才的なエピソードに着眼してまとめられたんじゃないだろうか。同世代に活躍したノイマンやファインマンの本は非常に面白いので、これらのようにまとめることはできなかったのだろうかと悔やまれる。

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