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BIG THINGS--なにが大型プロジェクトを成功・失敗させるのか?

Description

開幕まで3か月を切った大阪万博はあまり順調ではないようだ。

建設費は当初の二倍を見込んでいる。目玉のパビリオンは完成していない。前売り券は想定よりも大幅に売れていない。おまけに、アンバサダーのダウンタウンは不祥事を起こす始末だ。

大阪万博は特別ひどいのだろうか?

実は、計画通りに実行される大型のプロジェクトは非常にまれなのだという。

「ビッグ・ディグ」の愛称で知られる、ボストンの高架高速道路の地下化プロジェクトがその典型例だ。

ボストン市はこのプロジェクトを1991年に開始したが、その後の16年にわたって遅延に悩まされ、予算の3倍ものコストを費やす羽目になった。またNASAのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、現在地球から約160万キロ離れた地点にあるが、工期12年の予定が19年を要し、最終コストは予算を450%オーバーする88億ドルに上がった。カナダの銃器登録IT化プロジェクトは予算を590%超過し、スコットランド議会議事堂は予定より3年遅れて2004年に開所し、コスト超過率はバグパイプも吹っ飛ぶ978%だった。

P43

大型プロジェクトの結果は、なぜここまでお粗末なのだろうか。そして、ごく一部の成功する大型プロジェクトは何が異なるのだろうか。

本書は、これらの疑問に答えるべく、1万5千件以上の大型プロジェクトを分析して得られた、プロジェクトの失敗と成功をもたらす普遍的な要因について解説したものである。

ゆっくり考え、すばやく動く

プロジェクトは計画と実行の二つの段階に分けられると仮定しよう。

大型プロジェクトを分析した結果、成功したプロジェクトでは計画に時間をかけて実行を素早く行う傾向があることがわかったのだという。一般に、計画段階の手戻りによる損失は、実行段階に比べて小さい。入念に計画を立てたほうが実行段階の手戻りの損失を少なくでき、したがって、プロジェクトが成功しやすくなるのだろう。

「まず行動」、「行動あるのみ」、「考えるよりも動け」といった方針が有効な場合があると主張する方もいるかもしれない。しかし、そのような方針が有効なのは実行段階の手戻りの損失が大きくない場合だけだ。そして、大型プロジェクトの場合はそれは当てはまらない。計画をないがしろにして成功した大型プロジェクトは稀に存在するものの、そのようなプロジェクトの進め方が正しいと主張するのは、たくさんの屍を無視した生存者バイアスにほかならないことがデータによって示されている。

プロジェクトが「うまくいかなくなる」と言うが、この言い方には語弊がある。プロジェクトはうまくいかなくなるのではない。最初からうまくいっていないのだ。

P57

「プロジェクトがうまくいかなくなる」

と主張してよいのは、用意周到な計画を立てた場合だけだ。

どのように計画を立てるとよいのか

大型プロジェクトにおいては、計画が重要であることがわかった。それでは、具体的にどのように計画を立てればよいのだろうか。

プロジェクトを構成する作業を細分化し、その項目ごとに作業量を積算するという方法がすぐに思いつくが、プロジェクトが大型であればあるほど難しくなり誤差も大きくなってしまう。

本書では、一つの解として「参照クラス予測(RCF: Reference Class Forcast)法」を紹介している。RCF法の基本的な考え方は、「過去の類似プロジェクトの実績を用いて計画する」というものだ。例えば、ダムを建設するとしよう。この場合、過去の類似のダムの建設プロジェクトの工期や費用などの実績を用いて計画を立てるのである。

RCF法は、なぜ有用なのだろうか。それは、RCF法によって見積もられた結果には大型プロジェクトにはつきものの「事前に想定しにくい事象」が織り込み済であるからだ。例えば、ダムの建設を考えたときに、事故や災害や機器の故障など、事前に想定しにくい事象というのは無数に存在する。しかし、RCF法で参考にする「過去の実績」には、これらの「事前に想定しにくい事象」が織り込まれている。つまり、過去のダムの建設には事故や災害や機器の故障が実際に起こっているはずなのだ! 実績値で見積もることによって、想定しにくい事象が織り込まれ、自然と見積もりの精度が高くなるのだ。

一方で、作業を細分化して積算する方法では「事前に想定しにくい事象」というのは、その定義によって見積もりにくい。大型のソフトウェア開発において、「ファンクションポイント法」や「ボトムアップ法」が機能しないように思うのは、事前に想定しにくい事象は一切考慮されていないから。つまり、最善のシナリオが想定されているからなのだろう。仮に考慮されていたとしても、根拠のない補正係数を乗じて、テキトーに補正するくらいが関の山だ。

RCF法の唯一のデメリットは、細分化して積算するよりもなんとなく説得力に欠けるような気がしてしまうことである。この感覚に抗えるかどうかが、大型プロジェクトの命運を決定してしまうのだ。

Conclusion

本書では、ほかにも大型プロジェクトを左右する要因がいくつか紹介されてる。大量のデータから導き出されたものなので、信頼性が高いのが魅力だ。多くの人におすすめできる一冊だった。

本業であるソフトウェア開発においても、親近感のわく話が盛りだくさんだ。

不思議なことに、プロジェクトリーダーは初期の遅れをあまり重く見ない。初期に遅延が生じても、遅れを取り戻す時間はたっぷりあるというのだ。

これは一見もっともなように思える考え方だが、完全に間違っている。初期の遅れは実行プロセス全体に連鎖反応を引き起こす。遅延が後に起これば起こるほど、未完了の作業は少なくなるから、連鎖反応のリスクもインパクトも下がる。

P228

なぜ最初から遅れてしまったのに、遅れを取り戻せると思ってしまうのだろうか!

まったく。耳が痛い話だ笑

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